新月灯花 なかの 日記

アコースティックユニット「新月灯花」のGt&Vo中野裕子が更新担当する日記★

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

まだ続きます。




明倫館小学校です。
私が6年間通ったクソボロい学校です。
あ、失礼。
歴史的な学校です。

6年間通っただけあっていろんな思い出があります。
私が通ってた当時は床も古かったもので、なにやらデコボコしていて机やイスがよくぐらついていました。
勢い良く立ち上がろうものならイスがつっかえたりして、膝裏に鈍い衝撃が走るのです。
何年生の頃だったかもはや忘れてしまいましたが、床が新しくなった時は夢にまで見たスライディングなんかしたりして無邪気に遊んだものですよ。

そしてここでも明倫館ならではの怪談があるのです。
校舎が1部2部3部とあるのですが、それと別に本館とゆうのがありまして
その本館の正面玄関をくぐりますと、鎮座した吉田松陰像が出迎えてくれます。
まさにその吉田松陰像、真夜中になると
誰もいなくなった校舎を、毎晩校内徘徊しているとゆう怪談話が全生徒(私だけとゆう噂も…)の間で持ち切りでしたね。
毎朝毎朝、松陰先生の言葉を朗読しといて、失礼極まりない噂話でありますな。

しかし、若くして亡くなった吉田松陰先生
いろいろと心残りだったに違いありません。

『身はたとえ 武蔵野野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂』

松陰先生の辞世にあるように、たとえ体は滅びても、松陰先生の大和魂は日本の現世に残って何かやらねばと、本当に動き回っていて生きているのではないか?
そう考えてみるのも、また乙なものであります。
スポンサーサイト

未分類 | トラックバック:0 |

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。